久世栄三郎の独り言
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お知らせ 移転につきまして  NO 4186 投稿日:2015/05/10(Sun) 15:17 No.4258   <HOME>
兼ねてよりお知らせいたしておりましたこの「独り言」の工事ですが、完成して引っ越しする運びとなりました。上部の<HOME>に接続いたしておりますので変更くださいますようお願い申し上げますと共に、ご笑覧いただけましたら何より幸せに存じ上げます。

現在、グーグルで「ブログ 葬儀」と検索すればトップにヒットするが、移転してアドレスが変わるとしばらくヒットしなくなるだろうが、近い将来に登場すればと考えている。

スマホ、タブレットの対応も可能となっており、2002年3月から始めた全てのページを開けることも出来ます。

一方で、所属している協会から私の語録を編集した冊子の発刊も進んでおり、恥ずかしいことが増えるが、「書」くことは恥を「掻く」ことと再認識しながら、生かされた証しをしたためるつもりである。

この世での存命も限りがあると悟っており、残された時間で出立前にしておかなければならない多くのことを解決し、後悔することなく「あの世」に夢を託して出立したいと考えており、信じられない現実の話にも触れて行く所存ですのでお楽しみに。 九拝合掌

   http://hitorigoto.net


住民投票が迫る  NO 4185 投稿日:2015/05/09(Sat) 23:30 No.4257   <HOME>

BSの経済番組を観ていたら、偉大な経営者として知られる「松下幸之助氏」の講演の収録映像が流されていた。

その中で経営者は成功させるも失敗させるも自身で、国家のトップも同じで「私」の感情が入ったら最悪で、会社や国を崩壊させてしまうと結ばれていた。

「俺が」という自我的な誤解を抱くと最悪の結果に陥ることになると解説されていたが、冷静に客観的な判断が出来なければ責任のあるトップになれることはなく、お客様、社員、取引先が離れて行く構図となる訳である。

会社は誰のもので誰の為にあるのかを問うことは昔から多くの人達に言われて来たことだが、「株主のため」「社員のため」「自分や家族のため」「お客様のため」など様々な考え方があろうが、社会での存在という使命感こそが重要で、そこで働く人達に「遣り甲斐」と「生き甲斐」が生まれなければ存在の意味はなく、やがては崩壊ということが社会の常である。

松下氏の「水道哲学」は知られているが、かつて余った予算を年度末に使おうとする行政の問題を指摘され、うまくやれば「無税」の国家が形成可能と説かれておられたが、そんな我が国も借金が「1083兆円」となり、「お札」と「国債」は幾らでも印刷可能うという現実に将来を憂うこの頃である。

この「独り言」の10年前の毎日の号を紹介いただいているページがあるが、ご笑覧くださる方々から「葬儀に対する信念や哲学の10年前が新鮮に感じる」というメールを頂戴したこともある。

長い間一緒に仕事をして来た人物から、「開式前の打ち合わせと違うことが突然始まって驚かされたことが何度もあった」と言われたこともあるが、それは式場空間が予想以上に沈み過ぎている場合に音楽の選曲を変更することも一つだった。

1時間半や2時間の中で使用される音楽も予めシナリオに決められているが、弔辞やお別れの言葉の内容から悲し過ぎる空気が生まれた際、重い旋律から優しく包まれる曲に変更して「余韻」によって救うテクニックを用いるのだが、これを顕著に物語る例がアメリカ映画のエンディング以降に流れるキャスティング映像やタイトル曲で、そのひとときによって観客が納得、余韻、救いとなって気分よく「館外」へ出られることになり、そこに「感慨」も生まれる訳である。

何かを行う場合にシナリオを描くプロデュース力は重要だが、キャスティングに妥協する世鵜なら失格である。我が国の総理と我が大阪市長はこの部分に大きな問題があることに共通するようだが、いよいよ都構想の住民投票が迫っている。

今日は「賛成に投票ください」という電話が掛かって来たし、ポストには「反対しましょう」というチラシが入っていた。

医院に行ったら「反対します」と掲示されていたし、商店街には「生野区をなくすな・反対」という表示をあちこちで見掛けた。賛成、反対のどちらにも一理あることは事実だが、やってみなくては分からないというのは恐怖感も生まれる。とすれば、橋下市長と松井知事の人格を考えることが何より重要なような気がしている。

今日の写真は先月の撮影した大阪城を。



白い天井  NO 4184 投稿日:2015/05/09(Sat) 00:09 No.4256   <HOME>

入院している友人の奥さんから電話があった。手術の日が決まったそうだが、どんな心情になっているのか気になっている。

病気のレベルは深刻なものではなく、腹腔手術で2時間以内に済むそうなのでよかったとは思うが、私と似た性格なので恐怖感が強いと想像している。

先月に会った時にはそんな兆候はなかったので、全身麻酔なら何をされても構わないと互いの意見が一致していたが、それから数日後に入院するとはびっくりだった。

手術が終わって数日後に見舞いに行く予定だが、彼も3回目の入院なので病室での過ごし方も慣れている筈である。

彼は検査に行き、問題なかったので支払いのために40人ぐらいが待ち合わせていた中で異変を感じ、改めて診察を受けたらそのまま入院というびっくりのケースだった。

入院でも病気によって闘病生活が大きく変わる。「絶対安静」なんて言われると廊下を歩いて運動することも出来ないので足腰が弱ってしまい、退院してから元に戻るまで入院期間の3倍を要すると言われている。

絶食を強いられる病気も辛いもので、過去に11日間の絶食を体験したことがあるので大変だった。

腕の血管が出難いところから点滴や採血で痛い思いをする。何度か手の甲で点滴を受けたことがあるが、無意識に動いてしまうそで外れる危険性があるので落ち着かない。

10回の入院で転院を含めると12回の体験があるので、友人達から「患者の評論家になれるぞ」なんて言われているが、病室で天井を眺めていると様々なことを考えてしまう。

入院中に大きな地震に遭遇したこともあるし、携帯電話がブルブルしたので確認したら「緊急地震速報」でベッドのパイプを握って構えたら、何分経っても揺れないのでおかしいと思っていたら、看護師さんが来室されて「誤報だったようです」という体験もあったが、大阪赤十字病院に入院時に、ヘリコプターの爆音が続き、サイレンが鳴り響いているので外を見たら、真向かいのマンションで火災が発生していて消火活動で驚いたこともあった。

その赤十字病院だが、9年前に入院した時に北側を見たら、ビルの合間に大阪城が見えたが、昨年に入院した時は同じような位置だったのに新しいビルが建設されたみたいで見えなくなっていた。

日常に緑茶やコーヒーをよく飲む人は心疾患や脳疾患で死亡するパーセンテージが低くなるような研究発表があったが、そう信じて飲むことこそが最も効果があるように思える。

温泉名人と称される人物が書かれた文献の中に興味深いことがあった。それは温泉の効能で、「温泉に来ていると思うことこそが最高の効能だ」というものだった。

今日の写真は5回入院したことのある大阪赤十字病院を。



そんなことが?  NO 4183 投稿日:2015/05/07(Thu) 22:43 No.4255   <HOME>

久し振りにシーン会長のブログを更新しておいた。今回のテーマは手術を受けた後に過ごす集中治療室の体験で、多くの患者さんがいる場合には点滴状況を警告音で精神的におかしくなる「集中治療室症候群」という問題に触れておいた。

9年前に私が手術を受けた時は16人の患者が同室。そこで過ごした24時間は過酷で二度と体験したくない世界だった。

考えてみれば手術を受けた患者は何らかの点滴を受けている。2時間も経過すれば新しい物に交換することもあるし、点滴の種類を変更しなければならないこともある。16人もいれば次々に「ピーピー」と鳴っている。早く駆け付けて対応してくれたらいいのにと思うが、対応する看護師さんは少なく、しばらく鳴り止むことはなく、次々に鳴り出して4人分ぐらいが鳴り響くこともあった。

そんな環境で天井を眺めるだけの状態となれば最悪というのが想像出来るだろうが、これが全身麻酔から醒めたところで迎えるのだから大変なのである。

さて、前号で触れた寺田町駅構内にあるコンビニの話だが、今日、ケーキで知られる「サフラン」に立ち寄った序に確かめるためにお茶を購入したら、やはりご指摘いただいた「129円」だったので私の勘違いが判明したので訂正を。 

支払窓口が3箇所もあるのでびっくりだが、オープン記念で割引されている期間なので利用者が多いようだ。

今日は今月に予定されている「団参」について参加者が少ないことを知った。高齢者が多いし昨年ご一緒した方も急逝されてしまったので寂しいが、「行きたい」「会いたい」「見たい」「食べたい」などの「たい」という許される欲望を大切に行動したい。それが失せてしまったら間違いなく「逝きたい」になってしまう。

一滴のアルコールも飲めないし、様々な食事制限もあるが、杖を手にゆっくり歩けば移動が可能で、駅の階段もエレベーターがあるので何とかなる。現地のバスも乗降時の階段だけをクリア出来れば目的地へ行ける。

こんな移動の行動もリハビリにつながるし、お喋りすることもその一環となっている。声帯を損傷しておかしな声だが、何とかコミュニケーションが可能となっている。

随分前のことだが、「幸せ列車」のコラムに「再婚列車」を紹介したことがある。山口県の下関から長門の方を結ぶ鉄道だが、ある駅で切り離されて別々になり、その後にある駅で再会して連結されて終着駅へ向かうという信じられない列車だが、同じ所要時間なので可能となったみたいである。

今日の写真は山口県の長門市の近くのお寺にある「楊貴妃」の墓を。中国を脱出した楊貴妃がこの地で息絶えたという伝説が残っている。



和風スイーツ  NO 4182 投稿日:2015/05/06(Wed) 23:26 No.4254   <HOME>

今日「水曜日」はメールマガジン「まぐまぐブログ」の送信日。殺伐とした事件が多い世の中で「命の教育」と「あの世の教育」の重要性について触れ、ややこしいお寺や葬儀社が登場している現実も書いておいた。

さて、どうしても送って欲しい物があると電話があり、朝からその店まで出掛けて来た。

場所は四天王寺の南門近くにある「茜丸」という和菓子店で、ネットで調べて午前9時から営業していることを知り、鮮度を考えて出来るだけ早く送ろうと行動した。

頼まれた物は「どらやき」で、「丹波黒豆入り」「栗入り」など様々あったが、適当に思い付くまま個数を決めて送っておいた。

壁に掲示してある写真が目に留まった。関西テレビの朝の番組「よーいドン」であちこちの町に出掛けて取材する企画で、「円ひろし」さんと「月亭八光」さんが担当されており、見事な職人さんの技術に対して「隣の人間国宝」という称号が贈られている。

この「茜丸」の店舗内にも「円ひろし」さんの訪問された際の写真があり、横に「人間国宝」の証しとなるシールが貼られてあった。

玄関には「鯛焼き」の用具が置かれていたが、まだそれは営業時間でなかったみたいで残念だったが、もしも営業していたら間違いなく購入していただろう。

「4178号」で触れたように、テレビの番組の中で「円ひろし」さんが亡くなられたと仮定してナレーションをしたこともあるので懐かしいが、「月亭八光」さんやお父さんの「月亭八方」さんとも他の番組でご一緒したこともある。

「幸せ列車」のコラムで寺田町駅構内にあるコンビニで購入したお茶のことを書いたが、深夜にメールが届いており。「139円ではなく129円です」とあった。自動販売機で160円の麦茶がコンビニのオープン記念で割引されているものだが、私の記憶違いだったようである。

寺田町駅の周辺で都構想のキャンペーンをやっていた。30人ぐらいが黄色いユニフォームを着用してビラを配布していたが、賛成派の行動みたいで、横の道に停車していた車のスピーカーから橋下市長の収録された音声が流れていた。

国道25号線の次の信号を渡って北側に移ったら、お好み焼きの「千代」さんの前にソフトクリームの置物看板が設置されている。ソフトクリームは好物なので次回に立ち寄った際に注文しようと考えている。

この「独り言」の新しいページの工事が進んでいる。近い内に装いを新たにスタートするが、2002年からの分も過去ログとして開くことが可能だし、検索に関する設定やスマホ、タブレットでの対応もされているとのこと。完成したらこのページで新しいアドレスをお知らせ申し上げます。

今日の写真は茜丸本舗の「どらやき」を。送ることをお願いして来たが、自分で食べる分を購入して来なかったことを後悔しており、次回に四天王寺へ参拝した際に立ち寄ろうと思っている。



札幌のこと  NO 4181 投稿日:2015/05/05(Tue) 23:58 No.4253   <HOME>

何度か紹介した水引細工のアクセサリーで話題の函館の「清雅舎」だが、来たる5月22日に行われるブーケのショーパーティーに作品を展示されることをHPで知った。

会場となっているのは札幌のジャスマックプラザホテル5Fにある「ZANADO」だが、このホテルには何度も宿泊したことがあるので思い出すことになった。

大浴場は温泉でビルの谷間に露天風呂となっているし、地下1階にある和食の店舗も中々のものだったと記憶している。

大浴場と地下のレストランへ行く時だけは浴衣姿が可能となっていたが、大浴場は人気が高くて宿泊客以外の人達も多かったのが印象に残っている。

「清雅舎」が出展されるパーティーだが、フィンガーフードとウェルカムドリンクがセットされて会費が「4500円」となっており、ドレスコードにも触れられ「お洒落して」なんて書かれていたのでどんな世界なのかと興味を覚える。

このホテルを初めて利用したのは随分前だが、その後に札幌に立ち寄る際に何度か宿泊することになった。

札幌には仕事や講演で何度も立ち寄っているが、あるホテルで行われた合同社葬が印象に残っている。そのホテルの会場を選択されたのはお客様だったが、札幌市内のホテルで最大の空間という事情があった。

その後もそのホテルで行われた結婚披露宴に出席したこともあるが、その時にタキシードを着用してロビーに立っていたら、ホテルスタッフと勘違いをされた方達数名からアクセスやレストランの営業時間などの質問を受けて参ったことを憶えている。

社葬も講演も全国各地に出掛けたが、結婚披露宴も九州から北海道まで出席体験がある。主賓や来賓として祝辞を担当したこともあったが、そんな経験を知った友人達から祝辞や謝辞の原稿依頼を受けたことが多かった。

創作する場合はその人物の性格や緊張の度合いを予想するが、私がアドバイスしたのは堂々と読み上げること。覚えて喋るなんてことは絶対にするなということで、「思うところあってしたためましたが、感極まることも考え、失礼ながら読ませていただきます」と断ってから読んだらよいとアドバイスをすると、みんなそうしたみたいで「大成功だった」とお土産持参で感謝されることになった。

ただ問題だったのは、ご親戚の方達から「誰が作った文章か?」と質問されたことで、そこにはプロらしい創作もあったからだ。

今日の写真は札幌ジャスマックプラザホテルの大浴場。ここがすすきの?というような露天風呂があるが、これは内風呂の方である。



銭湯で  NO 4180 投稿日:2015/05/04(Mon) 22:57 No.4252   <HOME>

日曜日は近くの銭湯で朝風呂を営業している。遠方の方も来られるようで賑わっている。

お気に入りの小さな温めの湯船に先客がおり、しばらく待つことにしたが、その若い人物が何かの本を読んでいるみたい。近くで確認したら脱衣場から持ち込んだらしい漫画の本。ゆっくり寛ぐことも結構だが、銭湯の湯船で漫画の読書とはいただけない。

スマホが社会に登場した頃の出来事だった。日付が変わる時間帯に行ったら、大きな湯船に若い人物が入っている。彼の前に黄色のケロリンの桶に透明のビニールを被せて中を覗いている。興味を抱いてチラッと見たら、それはスマホの携帯電話。誰かから届くメールを待っているようだった。

電車の中でスマホを使用している光景は多いが、銭湯の中でこんな行動をするとは驚きである。

銭湯の女将さんの話だが、女性の方にも問題が多いそうで、サウナの中にラップを巻いて入る人や、氷を持ち込む人も少なくないようだ。

氷はビニール袋に入れて持ち込んでいる訳だが、罪悪感があるみたいで、他の方々に配られるので顰蹙を買っていると聞いた。

世の中には様々な人達がいる。ある高齢の女性に聞いた話で印象に残っていることがある。大きな湯船に入っていたら中学生ぐらいの女の子が入り、長い髪が湯船に浸かっているので「髪が浸かっているよ」と指摘したら、彼女は「シャンプーするからいいの」と返したそうだ。

タオルも髪を湯船に浸けないのが銭湯を利用する場合の基本的なマナーだが、彼女はそんなことを教えられたことはなかったのだろう。

立って湯を被る際にも他人に飛ばないだろうかという気配りも常識の世界だが、若い人が高齢の方から指摘されていた光景を目にしたこともある。

シャワーと鏡がセッティングされている洗い場には湯と水の蛇口があるが、桶を蛇口に近付けて少し溜め、隣席飛ばないように配慮するのも基本的なマナーだが、そんな銭湯の体験がないとゴルフ場や観光地のホテルの大浴場でも恥を掻くことになるだろう。


大病を患った後遺症から左半身の知覚障害がある。熱いか冷たいかの温度が分からないので左手で蛇口を押して水温は右手で確認しなければならない。

今日の写真は銭湯の風物詩となっている「ケロリン」の桶だが、関東と関西では直径が異なっているそうでどうしてだろうと思っている。



月日は流れて  NO 4179 投稿日:2015/05/03(Sun) 23:47 No.4251   <HOME>

昨日は八十八夜だった。起算日は立春だがその日を第一夜とするので八十七日後となっている。

夜のニュースで入間の新茶のイベントが紹介されていたが、遠い昔に茶摘みを体験したことがあるので懐かしく思い出した。

他府県の山奥から大阪へやって来て在住している友人がいるが、彼との会話の中に「麦踏」「グミ」「椎の実」「野イチゴ」「山桜桃梅」「山桃」などが出て来るので興味深く聞いているが、ずっと大好物の風物詩となっていた「山桃」が果実店の店頭に見掛けなくなって10年ぐらい経っているので寂しい思い。

我が家のすぐ近くにある地域の会館「西生野会館」にも立派な「山桃」の木があるが、枝が伐採されてしまったので残念である。

四天王寺の東門の広い道路の歩道には「山桃」の木が並んでいる。実のなる時期になったらどうしているのだろうかと気になるが、今年は確認に行ってみようと思っている。

「幸せ列車」のコラムで一昨日にテレビで放送していた「三丁目の夕日 64」について書いたら、私も観たというメールが届いた。同じ年代の人物で、中で書いた「ミゼット」や三輪トラックのことが懐かしいとあった。

掲載した写真は「日野ディーゼル」のボンネットバスだったが、国道25号線のベーカリショップ横の一方通行から飛び出したから「ミゼット」の横に、私が乗車していた市バスが衝突事故を起こしたのも「三丁目の夕日」の時代だった。

その時のバスは「いすゞ」のボンネットタイプだったが、同型車が今でも豊後高田市の「昭和の町」で活用されており、その写真をそちらに掲載することにした。

前にも書いたが、この大分県の「昭和の町」は是非行きたいと思っている。九州の鹿児島本線側は何十回と行ったが、日豊本線側はその半分ぐらいしか行っておらず、いつも豊後高田市は通過していた。

アクセスを調べたら、JR日豊本線「宇佐駅」からタクシーで1500円ぐらいとあった。この地域にある大分県最大の文化ホールで、ある会社の社葬のプロデュースと司会を担当したこともあり、車に機材を積み込んで関西汽船で早朝に別府港へ到着していた。

大阪から出張して貰った音響と照明のプロに前日リハーサルを頼んでおき、ビデオ会社の方達と同じ船で当日入りをしたが、2時間の式を終えたら腰がジンジンした思い出もある。

帰阪してから腰痛が悪化。しばらく整骨院通いとなったが、持病というものは何かのきっかけで再発するので爆弾みたいな存在である。

我が大阪は「都構想」でヒートアップしている。今朝の喫茶店談義に面白い発言があった。「失敗したら誰が責任を取るのだ。ドクター]の主人公みたいに『私、失敗しませんから』なら期待出来るけど」と言うものだったが、店内がそれで一気に盛り上がった。

今日の写真は豊後高田市の昭和の町にある「ミゼット」とキャロル。ミゼットの初代はバーハンドルのタイプで、丸ハンドルになった時は「ミゼットMP」と呼ばれていたと記憶している。



感じていたシグナル  NO 4178 投稿日:2015/05/02(Sat) 23:01 No.4250   <HOME>

メッセンジャー黒田さんのお母さんがご逝去。今日お葬式が行われていた。

大病を患う前に彼の冠の付く番組に出演したことがあった。現在はフリーアナウンサーになって毎日放送の「ちちんぷいぷい」に出演されている山本アナウンサーが進行を担当されていたが、スタジオには100人近い視聴者が見学されており、私が登場すると「この人は何をされているのでしょうか?」と問題設定され、幾つか当たらなかったが黒い服を着用していたこともあって葬儀という解答が出た。

やがて「日本一の葬儀司会者です」と紹介されて参ったが、ゲスト出演されていた「円ひろしさん」が亡くなられたことにしてナレーションをしたり、メッセンジャー黒田さん用のナレーションもすることになったが、キーワードとなっていた「ベンツ」について「笑われる芸人から笑わせる芸人になった暁にはメルセデスベンツを」という構成にしたら、担当プロデューサーの方が「やはり一味違うプロ」と喜んでくださった。

この番組出演の数日後、テレビをご覧になった方のブログに感想が書かれており、一瞬にして会場を変えてしまう環境に一流プロの世界を感じたとあったのでびっくりしながら嬉しい思いを抱いていた。

この番組に出演した時に咽喉の調子に異変を感じていたのだが、当時に次々に兆候があった一つでもあった。3月に「MRI」検査をと予定されていたが、2月に発病してしまった事実があり、私にとってもこの番組での異変の気付きが赤信号だったのにパスしてしまい後悔することになった。

さて、今日は予想外のことがあった。交流のある方が来られ、私の過去に担当した仕事の収録映像を観たいと言われ、その一部をご覧いただいたが、友人の方から私の司会の世界を聞かれたそうで、ご主人が昭和50年に急逝されていたことを知った。

それぞれの人にそれぞれの人生がある。そこには言葉で表現不可能な紆余曲折もあるだろうし、葬儀の中で短い時間で語ろうとすること自体が難しいが、時に喜びの花を咲かせ、憂いの雨に打たれて織り成して来られた人生模様なんて言葉でさりげなく伝えるしか出来なかったが、これまでの最長となったのは映像に合わせて17分間語るというもので、ホテル空間なので全員が着席されて静かな環境だったからこそ可能だったもので、全員が式場内に収まらない環境ではやりたくないし、どんなに中身が濃くてどんなに伝わるように語っても、暑い、寒い、風雨という環境では歓迎されないことになるのである。

お通夜の際にお寺様が法話をされることも多いが、参列される方の大半が外というケースもある。そんな場合に「遺族と親戚の方だけが対象です。入れない外の弔問者の皆さんには事情を説明してご希望される方だけ立ち席でご参加いただければ結構です」と打ち合わせをされたお寺様もおられた。

参列者全員が着席可能な広い式場なら法話の環境として最高だが、一部の人しか入れない場合には難しい問題がある。またその地によってしきたりが異なっており、お通夜で焼香を済ませたら「通夜ぶるまい」の席に移動してすぐに始めるところもある。そんな慣習のところで法話が行われると遺族が離れることが出来ず、弔問者に挨拶が出来ないことから会食を待たせるケースも生じている。

我が大阪では親戚以外の方々に「通夜ぶるまい」を行うことは稀だし、お通夜に法話は付き物とご理解いただいているので問題ないが、我々の仕事はそのお寺様の法話の時間を予想しながら、寒い時なら外のテント内の暖房設備を増やしたり、中継映像を流して拝聴いただく設定も行って来た。

昭和50年のことだが、この年にご逝去された人物に蒋介石や元首相だった佐藤栄作氏がいるし、誕生された人物としてサッカーのベッカム氏やゴルフのタイガー・ウッズ氏がいる。

今日の写真は過日に触れた建築家「安藤忠雄氏」が2000年に担当された淡路夢舞台の中にある「ウェスティンホテル淡路」である。深い交流のあった人物が総支配人の時にイギリスチームが滞在し、「ベッカム様」という言葉が流行語の中に選ばれ、総支配人が受賞したので「おかしい」と笑ったことを憶えている。



休診の前に  NO 4177 投稿日:2015/05/01(Fri) 22:43 No.4249   <HOME>

朝から眼科へ行った。連休前なので覚悟はしていたが、予想以上に待合室はいっぱい。2時間ぐらいはと思いながら耐えて来た。

検査の中心となったのは眼底についてで、瞳孔を開かせる点眼薬を入れられて待つので眩しくて大変であるが、過去にも体験したことがあるので帰路のためにサングラスを持参していた。

眼科の世界でも医療器具の進化にはびっくりする。真っ暗にして前方から撮影してCTみたいに画像分析が可能となっているのだから凄いが、これがデーターとして残されるので異常が表れた時には便利な診断が可能となっている。

この眼科医院には忘れられない出来事があった。6年前に大病を患って入院していたことがあったが、退院してから診察を受けに行った際、中待合室に入った瞬間に高齢の女性から声を掛けられたからだ。

「あなた、私のお葬式をしてくれなきゃ駄目なのに、どうして杖なんて手にしているの?」と言われたのだが、過去にご伴侶の葬儀を担当させていただいたことがあり、その時に約束をしていた経緯があった。

杖を手にするようになった病気について説明申し上げたが、「私よりはるかに若いのに、病気って怖いねえ。代わってやれるものならいいのに」と優しく励ましてくださったが、それから2年ほど経った頃にご逝去され、お通夜と葬儀に参列したことは忘れられない思い出となっている。

ご主人の葬儀を担当してから数日後のことだった。「大変なことをしてしまったの」と電話があった。事情がよく分からないこともあり、担当スタッフが参上したところ、メモリアルボードのお写真に水が掛かってしまったと判明。まだパソコンの中にデーターが残っていたのですぐに出力して届けたら、大層喜んでくださったことも憶えている。

目が煩わしいと不自由である。歩いていると段差が分からないのが危険だし、横断歩道を渡る時も右側が見え難くなっているので難儀である。

耳鳴り、複視、杖を手に歩いているが、寝たきり状態にならなかっただけは有り難いこと。声帯を損傷して喋られなかったこと、嚥下障害で大変な苦労があったことを思い出すと懐かしいが、服用する錠剤が飲めなくて全てを粉砕して貰って粉にして貰っていた時期をあった。

何度も書いた言葉に「体感に勝るものはない」があるが、自分に生じた大病の様々な後遺症を、一つ一つ乗り越える戦いは自身に課した目標しかないもので、振り返れば一般的な患者の5倍ぐらいはリハビリに取り組んだと思っている。

信じられない話だが、パソコンのキーボードを押さえる際に今でも隣の文字を押さえてしまうこともあり、駅の券売機は要注意となっている。考えてみれば動くだけでも有り難いと思うべきかもしれない。入院中に多くの患者仲間がいたが、精神的に挫折してしまってリハビリを放棄していた人もいた。

この「独り言」をご笑覧くださる方々に伝えたいが、周囲に大病を患った方がおられたら、希望と目標を描いてリハビリに取り組まれることをアドバイス願いたい。時間は必要だが、必ず成果が表れる筈だからだ。

今日の写真はJR紀勢線の「那智勝浦駅」を。あの大水害の時はこの駅周辺も浸水の被害が及んでいたそうだ。

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